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01.15.20

メゾン・ジャン・ルソー:65年にわたるノウハウ

by Jacques & Anaïs Bordier

2019年、メゾン・ジャン・ルソーはその優れたノウハウを培って65年という節目を迎えました。これを機に、社長のJacques Bordierと、ブランド ディレクターのAnaïs Bordierの2人が、やがて世界へとはばたくこのフランス発のメゾンの歴史を振り返ります。

  1. メゾン・ジャン・ルソーの歴史を教えてください。

Jacques Bordier:ジャン・ルソーは、1950年代初めにこのマニュファクチュールを設立した男性の名前です。当時、彼はブザンソン(フランシュ・コンテ)地方に数多くあった革製の時計ベルトを製造する中小企業の1つで工場長をしていました。そして1954年、20人を率いて自分の会社を作ることにします。それからの会社は、成長、名称変更、海外への子会社設立を経て、輝いていきます。しかしそれだけではなく、もっと劇的な経験も味わうことになります。長らく低~中価格帯市場に留まっていたため、非常に激しい低コスト競争に巻き込まれ、1998年に倒産してしまうのです。私がこの会社を取り戻すことにしたのは、その数年後のことでした。この会社の職人ならではのノウハウが消えてしまうかと思うと、耐えられなかったのです。むしろ、このノウハウは高級品市場に対してとてつもない可能性を持っているとさえ思いました。私たちは、高級品市場へ参入するというこの目標を達成すべく、全力を尽くしてきました。困難ではありましたが、その取り組みのおかげで今日の結果があるのです。

 

2.メゾン・ジャン・ルソーのこれまでの歴史の中で、印象深い出来事は何ですか?

Jacques Bordier:具体的な出来事というわけではありませんが、まず思い浮かぶのは、常に私たちのアイデンティティを形作ってきた要素であるジャン・ルソー・ブルーです。ブルーという色は人々に人気が高く、私にとってもこれまで人生の道標になってきました。この会社を取り戻した時に使っていたのは、とても濃く黒みがかったブルーでした。そしてそれ以来、このブルーは濃さを残しながら進化を遂げてきました。現在のジャン・ルソー・ブルーは、さっぱりとしてモダンでありながらも、その原点を決して損なっていません。このブルーは、まるで私たちを見ているかのようであり、かつての小さなマニュファクチュールだった頃と現在のジャン・ルソーを繋いでくれる存在となっています。

出来事という面で挙げるとすれば、2001年にパリで最初のブティックをオープンさせたことでしょう。あれはメゾン・ジャン・ルソー復活の記念すべき日でした。

Anaïs Bordier:私が覚えているのは、EPV(無形文化財企業)ラベルを取得したときのことです。このラベルは5年ごとに認定されます。当時私はまだこの会社で働いていませんでしたが、2012年と17年の更新の際には立ち会うことができました。ジャン・ルソーの製品の素晴らしさをこうやって認めてもらえたことは、私たちにとってあらゆる意味があります。決して楽な道を選ばず、伝統的なノウハウを重んじながら画期的な新しい道を探し続けてきたことは、間違っていなかったのです。このラベル取得によって父の念願も叶いました。父が守ろうとしたこのノウハウは、当社の仕事と哲学の基盤となっています。それが、100%自社製作という私たちの独自性を生み出しているのです。これは業界では非常に珍しいケースです。

 

3.次の65年のプランを教えてください。

Anaïs Bordier:たくさんあります。65年というと、とても長期の構想ですが、これまで成し遂げてきたことを心に留めながら進んでいきたいと思います。具体的には、優れた人材を集め、訓練を通してその能力を維持していくつもりです。また、卓越性、伝統の重視、創造性、イノベーションといった当社の価値観を決して裏切りません。これらはいずれも確固たる倫理観によって導かれるものです。

Jacques Bordier:Anaïsが言ったとおり、当社の発展に重要なのはそのノウハウを守っていくことです。時計製造という業界に生まれた私たちは、これからもずっとこの業界を愛していきます。ですが、当社の持つ技術によって新しいことに挑戦できるようにもなりました。ヨーロッパ、日本、アメリカ、中国のチームのおかげで、世界中にいる真の時計愛好家の皆様からのご要望やご期待にお応えできるようになったのです。夢は、美しさを極めた製品と最高のサービスを、場所を問わず皆様にご提供することです。私たちにとってこれは、「フランス風」ラグジュアリーの確固たるイメージを伝えていくためのささやかな方法でもあるのです。